「レイド」「希望の国」を観ました

この流れだと「ウェブ動」の感想を書くのが当然なのですが、その前に映画を観たので忘れないうちにその感想などを。

昨日の夜、「レイド」という映画を観ました。そして、今日の朝は「希望の国」という映画を観ました。

「レイド」はインドネシアのアクション映画。「希望の国」は園子温監督の新作。全くタイプの違う二つの映画を二日連続観るという経験は、おそらく人生初です。さらに今日はこれからもう一本の映画を観る予定です。ただなんとなくです。気付いたらこうなっていました。

さて、簡単に言うと「レイド」はSWAT対マフィアの闘いの話です。
希望の国」は原発が爆発した架空の都市に住む家族の話です。
本当に全くタイプの違う映画です。

今回、「レイド」を観た後に強く思った事があります。それは、僕は映画に対して語る言葉をあまり持っていないという事。
「レイド」という映画は予告でも言われている事ですが、アクション映画に新たな歴史を刻む映画だそうです。例えば、「燃えよドラゴン」「ランボー」「ダイハード」などと肩を並べる映画であろうと。ですが、僕はそれらの映画をしっかり観ていません。
マシンガンをぶっぱなすシーン、体術で敵と戦うシーンなど、何かの映画のオマージュとして撮られているかもしれないのに、僕はそれに気付くだけの語彙を持ち合わせていないという事になります。過去の名作を観る事を怠ってきたツケが、いよいよ回ってきたのだなと感じています。
タランティーノ作品や、ウディ・アレンの作品にもそういうオマージュはありそうですが、僕にはなかなか気付く事が出来なそうです。

この事に気付いたのにはもう一つ理由があります。ハックルこと岩崎夏海さんが、エヴァQに関して「あれは戦艦ヤマトへのレクイエムだ」と書いていたのです。あぁ、僕にはなかなかこんな事を書く事は出来ないなと感じたのでした。

オマージュに気付く事は、それ自体が喜びとも言えますし、作品に対する尊敬にも繋がります。
例えば、ラトルズというバンドがあります。ビートルズを知らない人がラトルズを聴いても、ただ良い曲だなと単純な感想しか持てないでしょう。ビートルズを知っていれば、あぁこの曲はビートルズのあの曲がモチーフだなーという楽しみ方も出来るでしょう。

さらにこの論は、「ジャンルとは何か」という話にも発展するのですが、こちらはまたの機会にしたいと思います。

映画に関して手短に感想を。
まずは「レイド」。アクションシーンで使われているシラットという武術が使われています。この迫力がすごい。というのはツカミで、最後は家族愛を描いた映画なのかと。意外にも泣かせる映画でした。ただ、グロい。R-15です。デートに行くにはオヌヌメ出来ない映画ですね。僕は目を瞑ってしまうシーンが何個かありました。

そして「希望の国」。この映画に関しては、色々考えさせられるところがあり、この感想だけで一本のブログが書けそうです。おそらく、園子温監督という方は、大変厳しい監督だと思います。観る人に「あとは自分で考えな」と、ボールを投げてどこかに行ってしまうような。
希望の国と言っていますが、この映画で描かれている仮想日本には希望はありません。自分に大丈夫と言い聞かせる事でしか、安心して生きていけない社会。
原発について、何も考えていない人には絶対に観られない映画だし、考えている人にとってもすごく厳しい映画。観る人への覚悟を問う映画だと思いました。

そんなところで、これからATCQa tribe called quest)の映画を観てきます。B-Boyばっかりじゃない事を祈ります。